大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)698号 判決 1980年1月24日

上告人

株式会社神光

右代表者

神農啓志

右訴訟代理人

前田嘉道

被上告人

小野武人

右訴訟代理人

丸山英敏

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立を却下する。

理由

上告代理人前田嘉道の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審において主張しない事実に基づき原判決の不当をいうものにすぎず、いずれも採用することができない。

被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立について

民訴法一九八条二項の裁判を求める申立は、訴訟中の訴提起の性質を有するから、事実審係属中にその最終口頭弁論期日までにされることを本則とし、上告審において上告人からの右申立が許されるのは、上告審において仮執行宣言付判決が取り消された場合に簡易迅速に救済を受ける機会を上告人に与えるための例外であること、並びに上告審が法律審であることに鑑みれば、第一審において仮執行宣言付給付判決の言渡を受けた者が、控訴審において民訴法一九八条二項の裁判を求める申立をすることなく、第一審の本案判決変更の判決の言渡を受け、これに対して相手方が上告した場合には、被上告人から上告裁判所に対して右申立をすることは許されないと解するのが相当である。したがつて、被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める当裁判所に対する本件申立は、不適法として却下すべきものである。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 戸田弘)

上告代理人前田嘉道の上告理由

一、(一) 原判決は、本件手形(甲一号証)の成立の真正の推定を覆えし得るか否かは、証人岩上幸治と同林邦子のいずれの証言を信用すべきにかかるとして、岩上証言には、(1)僅かに三時間ほどのうちに本件手形も必要であることを思い出したという点で他の三枚の手形の金額と本件の金額と対比するに本件手形の金額が一番大きいのに、これを忘れていたというのは不可解であること、(2)始めに三枚と頼んでおいて、四枚にして印を貰いに行つたのに、その一枚増えていることに林が気付かなかつたというのも不自然であること、(3)岩上は林に右四枚の押印を求める際、敢えて内一枚が大一工機の手形用紙であることを秘していたと述べ、その理由として「担保に入れるので直ぐ返せると思つていたのと、良心の呵責から云えなかつた」と釈明しているが、前記のように三枚を四枚に増やしたことで既に気付かれる可能性があることを考えれば、いかにも不可解な弁解であること、(4)そのように被上告人の手形用紙でない手形用紙を用いることを林に知られたくないのなら、一枚分の不足に気付いた時に、念のため羽里に銀行から持ち帰つた手形用紙の枚数を確めるなり、被上告人事務所に行つて一枚余分がないかを確めるなりしそうなものと思われるのに、そういうこともしていないこと、など不審な点が多いうえ、(5)林証言によると、岩上は後日本件手形についてのみ、支払期日前に上告人と話し合つてくれるように依頼して来ていること(この点、岩上証言では本件手形については「耳」が残つていなかつたから、連絡したというが、甲一号証と第一審岩上証言によれば、本件手形についても「耳」は岩上の手元には残していたのであり、それを被上告人の方へ渡していなかつたとすれば、やはり、本件手形の用紙を被上告人のものを用いなかつたことで、振出の事実を隠していたためと考えられないでもない)に徴し、その信用性には疑問をさしはさまるざるを得ないのに対し、林証言は羽里証言および乙第三号証により、当日羽里が四枚の用紙を受領してそのままこれを、被上告人事務所へ届け、押印前のものを大一工機の事務所へ持ち帰つたものではない点において一応の裏付けがあり、たやすく排斥し難い(なお、第一審における林証人の証言中には、六月二八日に、銀行へ手形用紙を取りに行つたのは自分であり岩上に印は預けていない旨の供述が存するが、右は乙第三号証と羽里証言に照らし、控訴審で述べるとおり、思い違いであつたと認められる)として本件手形の被上告人の押印は岩上が勝手にした疑いが強く、その印影が被上告人の印鑑によるものであることによる成立の真正はたやすく推定できないと判示している。

(二) 成程右判示の指摘するように岩上証言に不合理な点が存するのは否定し得ないが、これをもつて直ちに岩上が勝手に押印した疑いが強いと認定するのは速断に過ぎるというべきである。原判決は、岩上が被上告人に手形の借用を申し込んで一度も断られたことはなかつたのであるから、勝手に押印する必要性は全くなかつたという重要な点(かかる場合、経験則上、あえて被上告人に無断で押印することはないであろうとの事実上の推定がなされる)を無視している。岩上が、昭和五〇年夏頃から昭和五二年七月頃までの間に被上告人から殆んど毎月のように継続して借用した手形の枚数は数一〇枚に達していたものであるから、本件手形に押印してもらつた際の細部の事情について或程度の記憶違いが生じ不合理な点が見受けられるということは、経験則上首肯し得るところである。又岩上は、本件手形の用紙があたかも被上告人の手形用紙であるかのように装つて林に押印せしめたものであるから、借用した手形の中に岩上の手形用紙の分が一枚在ることを被上告人に隠していたことは当然であり、これを岩上証言の信用性欠如の一理由とするのは論理的矛盾である。

(三) 林が銀行へ手形用紙を取りに行つたことの証言は思い違いであつたと認定しているが、右のような重要な点について思い違いということは経験則上あり得ないことである。林も岩上に手形を貸した回数と枚数の多さから、本件手形押印当時の事情について確たる記憶を有せず、事後において推断しているにすぎない。

従つて控訴審における証言も乙第三号証と羽里証言によつて当時の事情を推断しこれを記憶として証言しているに外ならない。

若し岩上が、勝手に押印したとすれば、同人が林から印鑑を預つて羽里に渡すまでの間ということになる(羽里証言によれば銀行から受領した手形用紙と印鑑は直接林に渡したということであるから後で押印する機会はないということになり、又被上告人の事務所と岩上の事務所とは廊下を隔てて向き合つていたから、岩上が林から印鑑を預つて自分の事務所へ帰り羽里に渡すまでの僅かの間しか押印の機会はなかつたこと明らかである)がそのときに一枚だけ先に押印しておくというようなことはとうてい考えられないのに原判決はこの点について何等合理的な判断を示していない。

被上告人は岩上に貸した別件の手形(被上告人の手形用紙)についても岩上が勝手に押印したものであると陳述して(甲三号証)責任を免れようとしているのであるから、本件手形についての陳述も同様に信用できないこと明らかであろう。

(四) 以上要するに原判決が、本件手形の成立の真正はたやすく推定できないとした認定は証拠の取捨判断を誤つて著しく論理法則、経験法則に反した法令違反があり、右法令違反は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

二、更に原判決には理由不備若しくは、釈明義務違反、審理不尽の違法がある。

原判決の確定した事実によれば、岩上と被上告人は大学の先輩、後輩の間柄であるところ、昭和五〇年夏頃より被上告人の手形を借用して、資金の調達を図ることを繰り返していたが、そのやり方は、被上告人が取引銀行から発給を受ける被上告人の手形用紙の振出人欄に、その都度被上告人又はその意を受けた林邦子から被上告人の印鑑を押捺してもらい金額欄や満期日その他の記載事項は後に岩上が自由に記入して大一工機の裏書をし、割引を得て金融を得ていたものである。そうすると振出人たる被上告人と受取人である岩上との間には実質的な取引関係は認められず、専ら被上告人において岩上に信用を供与し、岩上が金融の利益を得ることを目的とする融通手形として振出されていたものであり、最高裁昭和四五・三・二六第一小法廷判決によれば、かかる場合被上告人と割引人とは実質上直接の相手方たる地位にたち岩上は被上告人の代理人たる地位にあることになるから、本件手形が、若し原判示のように岩上がその権限をこえて勝手に被上告人の印鑑を押捺して振出したとするならば、民法一一〇条の表見代理の類推適用による手形責任の有無を判示すべきに拘らず、これをしなかつた理由(民訴法三九五条一項六号)があり、若しくは、右表見代理の点について釈明権を行使して、主張を尽くさせた上で審理すべきであつたにこれをしなかつた釈明義務違反ひいては審理不尽の法令違反ありというべきであり右は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、いずれにしても原判決は破棄さるべきである。

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